フレキシビリティとエントロピー

会議でよく聞くフレーズ

「フレキシビリティ」は、普通に日本語に訳すと「柔軟性」という意味の英単語の名刺です。そんなこと判ってるわと怒られそうですが、機能やデザインの打ち合わせをしている際、「そこは、フレキシブルに対応可能なデザインの検討をします」いった類の言葉を含むフレーズは、実に耳障り良く感じるのですが、いかがでしょうか。なんならその発言した人が、あたかも優秀であるかのようにすら感じます。しかしながら、このうっとりする言葉には、しばしば毒素が含まれているでいることがあるので注意しましょうというのが、今回の話のはじまりです。

フレキシビリティの毒素

筆者が「フレキシブルに・・・」「柔軟に・・・」といった表現が、なぜ毒素を含んでいると考えているかというと、ひとつには、この表現が飛び出す裏側には、本来、既に決定されていてなければならないことが、曖昧なまま後続の検討事項であるはずのお題に話が飛んでしまっていて、苦しまみれに絞り出される逃げの一手として用いられるケースが考えられます。つまり、普通に考えると必要なプロセスが抜けてしまっているのですが、そんな時、その場を凌ぐにはとても便利な言葉としても使われています。前提条件がそろっていない状態で発せられる「ここは柔軟に対応可能なようにデザインします!」という言葉は、いうまでもありません、とても危険です。では、なぜそれが危険なのか、少し極端な例をあげて考えてみたいと思います。

例えば、お腹が痛いといった状況を考えてみたいと思います。しっかりとした医師の診断を受け、ウイルス性の急性胃腸炎であることが明らかになれば、処方する薬の選択肢は、自ずと絞られます。しかし、お腹が痛いことしか判らない時点の状態は、言ってみれば症状を特定するという重要なプロセスが抜けた状態とも言えます。柔軟に対応可能な薬という表現は、まず使われませんが、様々な症状に柔軟に対応可能な薬や治療法は存在しません。強いて言うなら祈祷師ですが、当然効果は限定的です。仕方ないので、考えられる薬を可能性が高そうな順に処方していく。つまり、ハズレの薬です。これは、薬ではなく毒にもなりえます。薬は順番に試していけばよいので強い薬でなければあまり問題が起こらないことも多い気がします。しかし、ディスプレイ上で「柔軟に対応可能なデザイン」を作ることとすると、同時に視覚的に表現する必要がでてくるので、薬の例え話になぞらえると、一気に全ての薬を飲むといった状況に近いのではないでしょうか。ひとつひとつは影響がないのに同時に実行すると毒性が強まることは想像がつきます。

新規性とデザインの難しさ

柔軟にデザインすることは、様々な可能性に対応可能であることを想起させますが、それが毒素を含む可能性があることをイメージしていただくために薬の話をしました。そんなバカな話が、ビジネスの会議の場で起こるのかというと頻繁に起こると考えています。むしろ、革新的で新規性の高いサービスであれば、フレキシブルにデザインしておくのは、正攻法だと考えられているのではないでしょうか。昔からよく言われている、構えて、打ってから、狙いを定める!といったアレです。実際には弊社でもこの考え方で、まずは市場への投入を優先することはよくあります。この考え方は、実に便利ですしイノベーションが起きるときにターゲットや用途が、開発者の意図では全くないということもよくあります。筆者がパッと思いつく有名な話では、エジソンが発明したレコードは、遺言や議事録を残すことを目的に開発されていたのであって、音楽市場を作り出そうなどとは微塵も考えられていなかったという話があります。身近な例では、弊社の自社サービスである課金通話プラットフォームのPortも企画段階では想定していなかったユーザが、自然に集まってきてビジネスを展開しています。ちなみに企画段階でメインターゲットだと思い込んでいたユーザは、いまのところ見事に空振りに終わっている様子です。苦笑。

アーミーナイフ的デザイン

さて、ここでフレキシブルであることの理解を少し深めるためにに、様々な場面に対応することが可能な道具であるアーミーナイフと何かを考えてみたいと思います。アーミーナイフは、ひとつのナイフに色々な機能、例えば、大中小のナイフやノコギリ、栓抜き、ワインオープナーにドライバーと様々な機能を有していて、とても便利そうです。ちなみに筆者は、小学生の頃、アーミーナイフをもってアマゾンのジャングルを探検してみたいと夢を描いていましたが、そんなことを考えずとも一度くらいは、実際にアーミーナイフを触ってみたことがある人も多いのではないかと思います。しかしながら、現実に目を向けると実際にこれが役に立ったことがある人は、とても少ないのではないでしょうか。買ってみたけど、一度も使わずにいつの間にか失くしてしまったというのは、あるあるな話のようにも思えますが筆者もその一人です。色々なことができるはずのアーミーナイフですが、ひとつの機能しかもたない、よく切れるナイフやのこぎりなど、単一機能しかもたないモノと比較すると、アーミーナイフのそれぞれの機能は、かなり劣化した機能しか持ち合わせないことは明らかです。アーミーナイフは、元来、軍人のためのサバイバルツールとしてデザインされている、つまり一般人の日常生活のためのものではありません。

企業の提供するプロダクトで、自分の所属する会社からは何にでも使えそうではあるものの、ひとつひとつの機能は中途半端である一方で、機能がテンコ盛りのアーミーナイフ型のプロダクトを提供しているとします。一方で競合企業からは、グッと我慢して機能を削ぎ落し、シンプルで洗練された機能しかもたないよく切れるナイフ型のプロダクトを提供しているとします。なんとなく自社は、苦戦しそうだなというのは、多芸は無芸という言葉が示すように直感的にも理解できます。

フレキシビリティとユーザビリティの背反性

様々な用途に柔軟に対応可能なデザインをすると、対応範囲やカバーできるユーザが増える一方で、ユーザを惑わしてしまいユーザビリティを損ねてしまうことはよくあります。このことを防ぐために、ターゲットを絞り、勇気をもって機能を削ぎ落し、デザインを洗練させるという考え方は、実践できるかは別として、よく言われることだと思います。筆者の考えでは、機能を絞る際、「勇気をもって削ぎ落す」のに加えてある意味「英知をもって削ぎ落す」という要素が多分に含まれているのではないかと考えています。つまり、テンコ盛りになってしまうのは、どこを削ぎ落しても大丈夫なのか知恵や情報が不足しているためいろいろと加えてテンコ盛りにしてしまうということなので、知恵が足りていないということなのではないかということです。チャンクの法則はたいへん有名な法則ですが、選択肢が増えるとユーザビリティが悪くなっていきます。

ターゲティングとフレキシビリティ

プロジェクトマネジメントでは、予想していなかったことが突然発生するということがPIMBOKの教科書の上でも前提に置かれています。つまりプロジェクトマネージャーには臨機応変な対応力が求められますし、それを上手にできる知恵やスキルを持っているかどうかがプロジェクト管理者としての優劣を決めてしまうと言っても過言ではない気がします。しかしながらインターフェースのデザインでは、どんなユーザにも柔軟に対応が可能なデザインは、ターゲッティングが甘くてエッジが立たなくなってしまったり、選択肢が増えてしまって、誰にとっても非常に使いにくくなることを意味していることもあるので注意が必要かと思います。例えば、不動産の検討者向けサイトを考えたときに同じ画面で、購入しようとしている人と借りようとしている人、売却しようとしている人、貸そうとしている人、すべてをターゲットに据えて、シングルページアプリケーションをデザインせよ!というお題がだされたら、難易度がかなり高くなることは間違いありませんが、購入検討者にターゲットを絞れば、デザインを洗練させることの難易度が下がることは容易に想像がつきます。

エントロピーの増大の法則とフレキシビリティ

さて、話は変わって、タイトルにもある「エントロピー」について織り交ぜて考えてみたいと思います。エントロピーは、グチャグチャ度といった意味の言葉で言葉で、エントロピー増大の法則という自然科学の法則があるのですが、簡単に説明すると、閉じた系では、放置するとだんだんカッ散らかっていく、秩序を保つには外部からの力が必要になるという法則です。子供の部屋(←閉じた系)が、脱ぎ散らかした服やオモチャでだんだんグチャグチャに散らかっていくのがエントロピーの増大で、親が仕方なく代わりにやる(いい子は自分でやる)整理整頓が、秩序を保つための外部からの力です。

個人的には、密室の閉じた空間で行われるアートではなく機能設計の意味合いの強いデザインの会議は、エントロピー増大の法則に忠実に従うと考えています。会議のシーンで、最重要クライアントの部長は〇〇と言っていた、XX調査では8割のクライアントは△△と言っている、私は◇◇と思う、なぜならと・・・とド正論を投げこむ。満たしたいデザインの要件が、段々散らかる。あれもこれもと盛り込んでいるうちにユーザビリティを棄損する方向に複雑さを増していってしまいます。つまり誰かが歯止めをかけない限りは、エントロピー増大の法則にしっかり従っています。実際の会議では、ユーザビリティが損なわれるのは認識できるので、無意識のうちに歯止めがかかりますが、この歯止めが外部の力に相当します。はじめにデザインを議論する場へ法則を適応してみましたが、ホームページそのもののデザインにも簡単に当てはまります。例えば、サイトのローンチ時は、フォントやボタンの色やサイズ、余白のルールなどを決めて秩序を持たせた状態でサイトが完成します。しかし、時間の経過とともに様々なページが加わり、デザイントレンドの変化に部分的に適合させたり、デザイナーが変わったり責任者が変わったり・・・と時間の経過とともに立派にエントロピーが増大していくのはむしろ自然な流れなのではないでしょうか。

figmaなどで使いやすく提供されるデザインシステムは、この文脈で考えると、ホームページの秩序の乱れに抵抗するには、以前は相当な力が必要であったものを少しの力で保つことを可能にするための便利で協力なツールと言う見方もできそうです。

このように非常に適応範囲が広く、直観的にも簡単に理解可能で、100万年後にも普遍性が保たれることは明らかであるエントロピー増大の法則です。フレキシビリティとユーザビリティの背反性といった法則は、凄腕のデザイナーが上手くデザインすると両立できてしまい法則が崩れることもありますが、自然科学の法則であるエントロピー増大の法則は、崩れることの無い強力な自然法則で、頭の片隅にそっと忍ばせておくと良いのではないかと思います。

以上、ご参考まで。