フレキシビリティとエントロピー
会議でよく聞くフレーズ
「フレキシビリティ」は、普通に日本語に訳すと「柔軟性」という意味の英単語の名刺です。そんなこと判ってるわと怒られそうですが、機能やデザインの打ち合わせをしている際、「そこは、フレキシブルに対応します」といった類のフレーズは、実に耳障り良く感じるのですが、いかがでしょうか。なんならその発言した人が、あたかも優秀であるかのようにすら感じます。しかしながら、このうっとりする言葉には、しばしば毒素が含まれているでいることがあるので注意しましょうというのが、今回の話のはじまりです。
フレキシビリティの毒素
筆者が「フレキシブルに・・・」「柔軟に・・・」といった表現が、なぜ毒素を含んでいると考えているかというと、ひとつには、この表現が会議で使われる裏側には、本来、既に決定されていてなければならないことが、曖昧なまま後続の検討事項に話が飛んでしまっていて、その場からの逃げの一手として用いられるケースがみられるからです。前提条件がそろっていない状態で発せられる「ここは柔軟に!」という言葉は、思考を停止さえるためすこし危険です。
例えば、お腹が痛いときに問診も診断もなく、薬を処方されてしまうということはないかと思いますが、仮にそういったことになるとハズレの薬が、つまり体にとって毒にもなり得る薬が処方される可能性が高まります。
新規性とデザインの難しさ
医師が問診も診断もせず、痛みの原因を特定せずに薬を処方することは、まぁまずありません。しかし、ビジネスの現場に目を向けると割と頻繁に起こります。むしろ、革新的で新規性の高いサービスであれば、ある特定の用途に絞り込み過ぎず、フレキシブルに対応可能なデザインしておくのは、正攻法だと考えられているのではないでしょうか。昔からよく言われている、構えて、打ってから、狙いを定める!といったアレです。実際には弊社でもこの考え方で、まずは市場への投入を優先することはよくあります。この考え方は、実に便利ですしイノベーションが起きるときにターゲットや用途が、開発者の意図では全くないということもよくあります。筆者がパッと思いつく有名な話では、エジソンが発明したレコードは、遺言や議事録を残すことを目的に開発されていたのであって、音楽市場を作り出そうなどとは微塵も考えられていなかったという話があります。身近な例では、弊社の自社サービスである課金通話プラットフォームのPortも企画段階では想定していなかったユーザが、自然に集まってきてビジネスを展開しています。ちなみに企画段階でメインターゲットだと思い込んでいたユーザは、いまのところ見事に空振りに終わっている様子です。苦笑。
アーミーナイフ的デザイン
さて、ここでフレキシブルであることがなんであるかの考えを少し深めるために、柔軟に様々な場面に対応することが可能な道具であるアーミーナイフについて考えてみたいと思います。アーミーナイフは、ひとつのナイフに色々な機能、例えば、大中小のナイフやノコギリ、栓抜き、ワインオープナーにドライバーと様々な機能を有していて、とても便利そうです。ちなみに筆者は、小学生の頃、アーミーナイフをもってアマゾンのジャングルを探検してみたいと夢を描いていましたが、そんなことを考えずとも一度くらいは、実際にアーミーナイフを触ってみたことがある人も多いのではないかと思います。しかしながら、現実に目を向けると実際にこれが役に立ったことがある人は、とても少ないのではないでしょうか。買ってみたけど、一度も使わずにいつの間にか失くしてしまったというのは、あるあるな話のようにも思えますが筆者もその一人です。色々なことができるはずのアーミーナイフですが、ひとつの機能しかもたない、よく切れるナイフやのこぎりなど、単一機能しかもたないモノと比較すると、アーミーナイフのそれぞれの機能は、かなり劣化した機能しか持ち合わせないことは明らかです。アーミーナイフは、元来、軍人のためのサバイバルツールとしてデザインされている、つまり一般人の日常生活のためのものではありません。
自分が所属する会社から何にでも使えそうである一方、ひとつひとつの機能はとても中途半端な機能がテンコ盛りのアーミーナイフ型のプロダクトを提供していたとします。一方で競合企業からは、グッと機能を削ぎ落し、シンプルで洗練された機能しかもたないよく切れるナイフ型のプロダクトを提供しているとします。なんとなく自社商品は、多芸は無芸ではありませんが、直感的にも苦戦を強いられそうだなというのは感じ取れます。
フレキシビリティとユーザビリティの背反性
様々な用途に柔軟に対応可能なデザインをすると、対応範囲やカバーできるユーザが増える一方で、ユーザを惑わしてしまいユーザビリティを損ねてしまうことはよくあります。このことを防ぐために、ターゲットを絞り、勇気をもって機能を削ぎ落し、デザインを洗練させるという考え方は、実践できるかは別として、よく現場でも言われることだと思います。筆者の考えでは、機能を削ぎ落すには、勇気と英知の両方が必要だと考えています。つまり、テンコ盛りになってしまうのは、どこを削ぎ落しても大丈夫なのか、知恵や情報が不足しているため、だんだん機能やデザイン要素が追加されていってしまうということも珍しくはないのではないかと考えています。
ターゲティングとフレキシビリティ
プロジェクトマネジメントでは、予想していなかったことが突然発生するということが、PIMBOKの教科書の上でもプロジェクトマネジメントの前提として述べられています。つまり、プロジェクトマネージャーには予期せぬ事態に臨機応変な対応力が求められますし、その対応を上手にできるスキルを持っているかどうかがプロジェクト管理者としての優劣を決めてしまうと言っても過言ではない気がします。しかしながらインターフェースのデザインでは、どんなユーザにも柔軟に対応が可能なデザインは、ターゲッティングが甘くてエッジが立たなくなってしまっていたり、選択肢が増えてしまって使いにくくなることを意味していることもあるので注意が必要かと思います。例えば、不動産の検討者向けサイトを考えたときに同じ画面で、購入しようとしている人と借りようとしている人、売却しようとしている人、貸そうとしている人、すべてをターゲットに据えて、シングルページに近いアプリケーションをデザインせよ!というお題がだされたら、難易度がかなり高くなることは間違いありません。しかし、購入検討者にターゲットを絞れば、デザインを洗練させることの難易度が下がることは容易に想像がつきます。
エントロピーの増大の法則とフレキシビリティ
さて、話は変わって、タイトルにもある「エントロピー」について織り交ぜて考えてみたいと思います。エントロピーは、グチャグチャ度といった意味の言葉で言葉で、エントロピー増大の法則という自然科学の法則があるのですが、簡単に説明すると、閉じた系では、放置するとだんだんカッ散らかっていく、秩序を保つには外部からの力が必要になるという法則です。子供の部屋(←閉じた系)が、脱ぎ散らかした服やオモチャでだんだんグチャグチャに散らかっていくのがエントロピーの増大で、親が仕方なく代わりにやる(いい子は自分でやる)整理整頓が、秩序を保つための外部からの力です。
個人的には、密室の閉じた空間で行われるアートではなく機能設計の意味合いの強いデザインの会議は、エントロピー増大の法則に忠実に従うと考えています。会議のシーンで、最重要クライアントの部長は〇〇と言っていた、XX調査では8割のクライアントは△△と言っている、私は◇◇と思う、なぜならと・・・とド正論を投げこむ。満たしたいデザインの要件が、段々散らかる。あれもこれもと盛り込んでいるうちにユーザビリティを棄損する方向に複雑さを増していってしまいます。つまり誰かが歯止めをかけない限りは、エントロピー増大の法則にしっかり従っています。実際の会議では、ユーザビリティが損なわれるのは認識できるので、無意識のうちに歯止めがかかりますが、この歯止めが外部の力に相当します。はじめにデザインを議論する場へ法則を適応してみましたが、ホームページそのもののデザインにも簡単に当てはまります。例えば、サイトのローンチ時は、フォントやボタンの色やサイズ、余白のルールなどを決めて秩序を持たせた状態でサイトが完成します。しかし、時間の経過とともに様々なページが加わり、デザイントレンドの変化に部分的に適合させたり、デザイナーが変わったり責任者が変わったり・・・と時間の経過とともに立派にエントロピーが増大していくのはむしろ自然な流れなのではないでしょうか。
figmaなどで使いやすく提供されるデザインシステムは、この文脈で考えると、ホームページの秩序の乱れに抵抗するには、以前は相当な力が必要であったものを少しの力で保つことを可能にするための便利で協力なツールと言う見方もできそうです。
このように非常に適応範囲が広く、直観的にも簡単に理解可能で、100万年後にも普遍性が保たれることは明らかであるエントロピー増大の法則です。フレキシビリティとユーザビリティの背反性といった法則は、凄腕のデザイナーが上手くデザインすると両立できてしまい法則が崩れることもありますが、自然科学の法則であるエントロピー増大の法則は、崩れることの無い強力な自然法則で、頭の片隅にそっと忍ばせておくと良いのではないかと思います。
以上、ご参考まで。